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May 31, 2005

八幡太郎義家と会津坂下町

050531-01
 下政所という村のはずれに「白旗八幡神社」があります。八幡太郎義家が安部氏征伐のため会津に来た時、本陣を塔寺に定めてこの地方の敵を掃討したそうです。この地での戦いは、京都で兵法を学んだ義家の頭脳作戦が功を奏して大勝利をおさめました。
 当時のこの付近は原野で、雑草が茂り茅が密生していたそうです。そんなところに源氏の白旗を立て陣をしき、しばらく滞在して采配をふるった、とのことです。
 その後、治承5年(1181年)に、義家が白旗を立てた付近に「白旗権現」を祭りましたが、明治になり「白旗八幡神社」と改称しました。
 昔の越後街道は、この神社の辺りを通っていたとのことです。

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Comments

 源氏は白旗、平氏は赤旗だったそうです。そこから、紅白歌合戦などの「紅白対抗・・・」のルーツがあるのだそうです。
 学問的には「?」ですが、白旗の連想に「新羅」があって、源平は、新羅系と百済系の戦いであったという説もあります。
 ちなみに母畑温泉の「母畑」や「八幡屋」の「八幡」も八幡太郎義家のゆかりがあります。
 瓦ですが、游山窯・窯小屋の北側にA.建築が大人のタマリ場を作ります。そこの床を構成します。
 よろしく・・・。

Posted by: 八幡太郎と新羅 | June 01, 2005 06:05 PM

会津には八幡神社が多くありますが、八幡太郎義家にちなむものなのでしょうかね。私の近所にもあります。
ところで、瓦が必要ということですが、瓦は何に使うのでしょうか?

Posted by: 江川 | June 01, 2005 01:47 PM

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