越中富山の薬屋さん
午前中、第一回区会、終了後自宅へ。
なんと、越中富山の薬屋さんがいらっしゃいました。
子どもの頃、薬屋さんが来ると、子ども達は紙風船がもら
えました。子どもだった私は、うまく膨らませられなくて、ばあちゃんに頼んだりしたものでした。いつから、ゴム風船になったのでしょう?
薬屋さんは、年2回いらっしゃいます。神棚にあった山三の薬箱が見つからないので探していたら、玄関の方で「テレビの右側ではないでしょうか?」と年2回しか顔を見せない薬屋さんの声、確かにありまし
た。ワシはここに住んでいるのに、何たること。
薬屋さんの許可を得て、顔写真まで撮らせいただきました。昔は柳行李(約20㌔)を背負って2~3ヶ月の旅だったそうです。今は、軽自動車です。
富山の薬屋さんが「農業技術」等を伝えて飛躍的に進歩したということもあって、山形県米沢市には顕彰碑まであるのだそうです。
薬屋さんのお話で面白かったのは、アメリカから来た会津大学の先生が、どこの医者に行ってもどんな西洋医薬品を飲んでも頭痛薬が効かなかったのに、富山の薬←を飲んで素晴らしく効いて感激したとのこと。それで、今もアメリカに時々薬を送っているそうです。
このようにして、「越中富山の薬」の評判が広がって行くのだな、と感心しました。お客さんが、コンピュータ系の大学の先生で外国人というのがいかにも現代風。
薬屋さんに風船の話をしたら、「今の子どもは、風船では喜ばないんですよねぇ・・・・」とポツリ。



Comments
うちの方には来なくなりましたねぇ。置き薬の箱が3つくらいありましたが、全く使わないので。代わりにJA系の置き薬はよく使い(特に風邪薬)、足りなくなって途中で注文するほど・・・
Posted by: N地区のS | March 05, 2007 at 09:43 AM