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March 24, 2010

奥平謙輔(おくだいらけんすけ)

3月23日(火)Sdscn0892

 午前中は、農作業。

 我が家にある3棟のミニビニルハウスの中では「大」のビニル張りでした。

 途中ビニルを買いにも行きましたが、午後1時頃何とか完Sdscn0893

 本日中に某高校に行かねばならない用事があり、市内へ。

 そこの校庭には「山川健次郎先生」の胸像がありました。

 山川健次郎は、「白虎隊⇒米国エール大⇒48歳で東大総長⇒九州大総長」etc.が特に有名ですが、明治大学、武蔵大学の開学にも大きく関与した会津の偉人です。

 しかし、会津人にあまり知られていないのは、山川健次郎は長州の奥平謙輔 に面倒を見てもらい、東京の長州の屋敷で勉強していたということです。

 明治政府は、西洋に追いつき追い越せと欧米に国費留学生(大Sdscn0894_2半が薩摩と長州の子弟)を多数送ったのですが、殆どが語学でつまづき帰国。

 アメリカへの留学生は「賊軍の子弟を入れよう」という薩摩の黒田清隆に引き上げられたのでした。

 黒田は“賊軍の負けじ魂”に期待したのでした。

 秋月悌次郎の尽力、米国ではアメリカ人による学費等の支援など、陰になってあまり光があたらない歴史が多くあります。

 昭和6年(1931)6月、恩師である長州の奥平謙輔の書が飾ってある自宅で、山川健次郎は静かに眠りについたそうです。(享年76歳)

 

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