May 08, 2011
April 15, 2011
September 01, 2009
1分52秒
長崎2区、福田衣里子さんの出陣式演説。
たった、1分52秒。
「政治」をつい、シニカル【cynical】に見てしまう自分を大いに反省しました。
この演説を聴いて、本物の“政治家の誕生”に立ち会 ったような気がしました。
今日から9月、小田刈月ともいうそうです。
August 29, 2009
黒い冗談?
宿のエレベーターホールから、麻生太郎総裁がコマーシャル撮影した屋上が見渡せます。
明日は、総選挙。
自民党本部の正面に行ってみました。
警察官の警備が多いので、あまりニヤニヤしてうろつくわけにも行かないのですが、「みんなありがとう」の垂れ幕には???。
まさか、「みんな、“今まで”ありがとう」じゃあるまいし・・・・・。
新宿の東急ハンズで、コーノ式のコーヒーペーパーフィルター等を購入。
新宿から、JRバス。
バス内に、若者T.君が乗車していたので、自宅まで送っていただくことになりました、ありがたいです。
これは、予想以上に早い帰宅で、もしかしたら仮眠する時間があるかも?と淡い期待が・・・・。
ところがトラベルはトラブルが付き物
なんと、T.君の車のタイヤがパンクしていました。
彼は、ペーパードライバーだったらしく、スペアタイヤへの交換もしたことがないというのです。
なんか、私がケッコーお役に立ってしまいました。
で、無事到着、めでたしめでたし・・・・。
June 18, 2009
どのツラ下げて・・・・
某国のA.首相が街頭演説で自分の顔を指差しながら「このツラ初めて直接見た人は?」と聴衆に挙手を求めるのです。
気に入ったのか、あちらこちらで同じフレーズを繰り返して います。
いい意味では使わない“ツラ”という言葉を、平気で公衆の面前で使える一国の首相の“センス”に落胆します。
今日は、陶芸クラブ例会日。参加者は、私一人。それもまた楽し。
午後は、天栄村から7名の方々が「里山のアトリエ坂本分校」へ来訪。
ピカピカの新品ですよ!まことに嬉しいです。
これで、明日木製の机を並べたら、立派な職員室になります。
ああ、明日が楽しみです・・・・・。
January 11, 2009
サイは投げられた・・・・
今日は、会津若松の“十日市”。
十日市は天候が荒れるという“特異日”と言われています。
たぶん“十日市”が無かったであろう紀元前49年の1月10日 、 ガイウス・ユリウス・カエサルが、元老院の命令を無視 してルビコン川を渡りイタリアに侵入した日です。
さて、2007年の晩夏のお話。
永田町情勢にタイヘン詳しい某氏に「次の総理は誰になりそうですか?」ときいたことがありました。
氏曰く「官僚達から、麻生が“なかなか”だよ、って評判いいんだよ・・・・。」
「わたり」例外規定、首相「撤廃すると言うつもりない」との報道。これだったのです、「天下り」も「わたり」も政令の例外規定で盛り込まれて、麻生首相のお墨付きだよぉって・・・・・。
官僚達から評判がいいわけだわな。言いなりだもん。
※本日の野鳥は“ノスリ”のホバーリング(強風の為)。
August 08, 2008
May 11, 2008
「不許葷酒入山門」って・・・・
5月11日(日)
「不許葷酒入山門」とは、 「葷酒(くんしゅ)山門より入るを許さず」と読み、「 にんにく 」 「 ねぎ 」 「 玉ねぎ 」 「 にら 」 「 らっきょう 」や「酒」は寺の中には入れてはいかん! ! という意味で、禅宗の寺の入り口に結界として石碑等がある、とのこと。
うちの村も曹洞宗でもちろん禅宗ですが、近隣で目にしたことはないので、探してみることにしましょう。
さて、「不許葷酒入山門」の解釈ですが、「 許されざる葷酒、山門より入る。」とか「許されざれど、葷酒山門に 入る」と読む新 解釈もあるとか・・・・。
町内に石碑があるかどうか調査にGO!
おっと、その前に事前調査として博学な恩師のF.氏に聞いてみたら、「さ~て、町内にあったかな?」とのこと。
灯台下暗し・・・・町内の定林寺にありました。
孫を助手に田植えの風景。
September 27, 2007
一言でなんと言ったらいいものやら
今日は、朝から「福島空港」が頭から離れませんでした。
「福島空港」での催しがありまして、その搬入日が明日なのです。搬入する作品すべてにナンバーリングやら価格を貼り付けなければならなかったのです。(一覧表も添付)
夕方、元逓信省に立ち寄ったら、いつの間にか郵便局が郵政公社になり、行灯(あんどん)は何と「ゆうちょ銀行」になろうとしているではありませんか!
夜は、明日搬入の作品群のそれぞれの名称も書き込んだ一覧表を作成。PR 用の名刺もとりあえず80枚作成しました。
福田内閣支持率57・5%、発足直後で4位…(読売世論調査)
August 13, 2007
ジョー・オダネル氏
今朝の新聞記事で、ジョー・オダネル氏が亡くなったのを知りました。
ジョー・オダネルさん(米国の写真家)が米テネシー州の地元インターネットニュースサイトによると、10日、同州ナッシュビルで脳卒中のため死去、85歳。
米占領軍のカメラマンとして原爆投下後の広島、長崎に入り、被爆した市内の様子を撮影し、亡き弟を背負った被災少年の写真「焼き場に立つ少年」などで知られる。
十年ほど前だったろうか、若松市内の某書店の前に、初老の白人男性が、書籍が積まれたテーブルの近くに座っていたのでした。その写真集が発売されたことは知っていたのですが、まさか写真家ご本人とお会いできるとは思っていませんでした。
私が肩に下げていたカメラ(ペンタックス)を手に取り、「私も使っているよ、いいカメラだね。」と言ったのを思い出しました。
すぐに写真集を求め、右上のカードをいただきました。ジョー氏直筆のメッセージは「ああ、我々は何ということをしてしまったのだ!」
従軍カメラマンであり被爆者であった彼からいただいたこのカードを末永く大切にしたいと思います。
今朝10時から夕方まで、刻字教室のみなさんと陶芸教室でした。
より以前の記事一覧
- 歴史に残る朝刊の見出し? 2007.07.30
- 参議院選挙 投票日 2007.07.30
- 衆院選きょう公示 2005.08.30
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